てかてんの書斎

本業はメーカーの商品開発エンジニア。自宅ではもっぱら読書を楽しむ書評ブロガーとして活動中。読書は年間100冊ペースで、小説でもビジネス書でもなんでも読みます!ブログでは、書評・本から得た学びと考え・その他雑記記事を書いています。

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「コンビニ人間」を読んで、「普通」って何だろう?と考えさせられた

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コンビニ人間

 

 

コンビニ人間

 

村田 沙耶香

 

 

 

第155回、芥川賞受賞作品である「コンビニ人間」。

 

タイトルを見ただけでも「何だこの本?」って気になってしまうキャッチーさがあり、さらに芥川賞までとっちゃったとなると、話題沸騰になることもうなづけます。

 

文字どおり、コンビニで働き、コンビニで生きて行く女性の話を描いている「コンビニ人間」ですが、文量もそれほど多くなく内容もわかりやすく書かれているため、さらっと読み終われた一冊でした。

 

「コンビニ」を舞台に展開されるストーリーの中で、常に問いかけられる「普通とは?」というキーワードについて、今回は書評していきたいと思います。

 

 

今回のトピックはこちら!

 

 

 

 

 

 

コンビニ人間」のあらすじ

 

 

 

主人公は30台半ばの「古倉恵子」という女性なのですが、彼女こそ他ならぬ「コンビニ人間」なのです。

 

大学生時代にアルバイトとして勤めていた「コンビニ」を、そのまま正規雇用として企業などに就職することなくずっと続けて今に至っているという設定です。

 

恋愛などにも疎く、むしろ古倉恵子としては興味がないといった感じに捉えられます。

 

古倉恵子は、幼少期から「普通じゃない」と言われ続けてきており、何が普通なのかよく分からないが、世話焼きの妹からの助言や周囲の人たちの反応を見ながら「これが多分普通なのだ」と思われる振る舞いをするように努めます。

 

つまり、周りの人から「普通だ」と思われるように自分を偽って生活しているような状態。

 

しかし、段々と歳をとるごとに「結婚しないのは何で?」とか「その歳でコンビニ勤めをしているのは何で?」といった具合で、偽ることにも限界があるんですよね。

 

そんな時、「白羽」という一度コンビニにバイトとして入ってきていた変わり者と出会うのですが、そこでなぜか同棲するという話に。

 

白羽としては「金がないので同棲した方が助かる。古倉さんは同棲する相手がいると周りが思うことで、余計な詮索をされなくなる。しかも互いに実際は興味がないから危害を受けることもない」

と、互いにとって良いことにつながると説明し、同棲することとなるんですね。

 

うーん、これまたとんでもない展開!みたいな感じですが。

 

こうして白羽と同棲し、周囲との関係も少し見る目が変わってくるのですが、最終的には白羽を追い出して再びコンビニに戻っていきます。

 

私にとって、やっぱりコンビニは不可欠なんだと歩み始めるところで物語は幕を閉じます。

 

「友達」や「妹」から見た普通ではなくても、「古倉恵子」にとってはコンビニと共にある生活が普通なのですね。

 

 

 

 

私にとっての普通は、他人にとっての普通じゃないかもしれない

 

 

 

 

というお話のコンビニ人間なのですが、やっぱりメインテーマになっているのは「普通って何を指すのか」というメッセージです。

 

よく「普通はこうするよね」とか「普通の人ならこうあるべきだ」といった表現を使うと思いますが、そもそもその「普通」って何だろうってことです。

 

特に、コンビニ人間では「古倉恵子」にとっての「普通」は、周囲の多くの人にとっては「普通ではない」という風に解釈されています。

 

反対に、「古倉恵子」にとっての「普通ではない」は、周囲の多くの人にとっての「

普通」なんですね。

 

奥が深くなっていますね(笑)

 

つまり、簡単に言うと「私が普通だと思っていること」が他の人にとっても「普通」であるとは限らないということです。

 

基本的に私たちは、自分の価値観を持って物事を判断します。

これは私にとって「普通」だと判断すると、他人にとって普通じゃないかどうかなんて判断できません。

 

反対に私にとって普通なんだから、周りの人にとっても普通だよね!みたいに考えてしまうこともあるかもしれませんから、注意が必要ですね。

 

 

 

「普通」って何なのだろうか?

 

 

こうなってくると、「普通」の定義ってなんなのだろうか?と考えてしまいます。

 

そこで、てかてんなりに考えてみた「普通の定義」がこちら。

 

一般的に見て、過半数以上の人がやっていること

 

です。

 

過半数以上の人がやっていることなら、一般的にはそれが「普通」になるのだと思います。

30代で就職した経験がなく、アルバイトのみでやっているという人よりも、一度は就職したことがある人や、現在も会社勤めをしている人の方が大多数を占めるので、「正規の雇用形態で働くこと」が「普通」となるのではないでしょうか。

 

あくまで「一般的に見たときの普通の定義」ですね。

 

ただ、皆がその「一般的に見たときの普通」である必要はないし、むしろそうでない人がある一定数いなければならないんだと思います。

 

いろいろな人がいるからこそ、新しいことや新しい考えが生まれるのだと思うし、すべての人が同じ価値観で「普通」を感じ取っていたとしたら、それはつまらないですよね。

 

だから、「一般的に見たときの普通」と「私の普通」があっていいのです。

その自分の「普通」をかき集めた塊が、自分の「価値観」なのですからね。

 

 

 

 

終わりに

 

コンビニ人間は、読み始める前に抱いていたイメージと、読み終わった後のイメージが全く異なる作品でした。

 

コンビニを舞台にした生活を描く作品だということはイメージできますが、ここまでメッセージ性が強く、考えさせられる作品だとは思っていなかった感じです。

 

こうなると、「てかてんの普通は果たしてどのくらい普通なのかな?」と疑問になるものもいくつか思い付いてしまっています。

 

 でも、一番しっかり考えないといけないなと思ったのは、「いや、それ普通じゃないよ」とか、「普通はこっちでしょうよ」みたいな事を軽々しく言ってはいけないということです。

 

そりゃ、私にとっては普通なのですが、その相手にとって普通じゃなかったとしたら、価値観を否定されたように感じられてしまうかもしれません。

 

言葉選びは慎重にしましょうね(笑)

 

 

案外、普通っていう言葉が一番普通じゃないのかもしれませんね。

 

 

 

コンビニ人間」は、てかてんがおすすめする「一冊読みきりの小説ランキングベスト10」としても紹介させていただいています。

 

よろしければそちらもぜひご一読ください。

 

 

tekaten.hatenablog.jp

 

 

 

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